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HOT ! 雲居雁(夕霧の正室)、父の邸に里帰りをする、夕霧、迎えに訪れる「源氏物語」夕霧の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道69B

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雲居雁(夕霧の正室)、父の邸に里帰りをする、夕霧、迎えに訪れる「源氏物語」夕霧の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道69Bの詳細情報

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不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款

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「人非木石皆有情」白氏文集・漢詩文の落款

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仙台藩医・木村寿禎の落款

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原本の断層画像写真

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左が冷泉天皇、右が源氏の君の模型

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左が柏木、右が夕霧(国宝・源氏物語絵巻)

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夕霧の正室・雲居雁(国宝)

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夕霧と女二の宮

京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵

自筆「源氏物語」の「夕霧(ゆうぎり)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。

「夕霧の巻」の主人公「夕霧」は、国宝「源氏物語絵巻」の中に柏木を見舞う柏木として描かれている

自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。現在の今上天皇と系譜がつながっている。

 関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。(資料の記録は下記に掲示)

 出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。
 自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。また、各巻ごとの書かれた年については不明。従って、応永五年とは、書き始めの年である。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。


 大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。

 旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。


 出品した「源氏物語」は夕霧(ゆうぎり)の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。「夕霧」の巻名は、夕霧が柏木の正室(朱雀院の姫君・女二の宮)落葉の宮に書き送った和歌「山里のあわれをそうる夕霧に立ち出でん空もなき心地して」による。源氏の君と葵の上の長男・夕霧は、病にふせる柏木を見舞う場面は、国宝「源氏物語絵巻」に美しい画像として描かれている。柏木は、自分がなきあとの正室・女二の宮(朱雀天皇の皇女)の行く末を案じ、友人の夕霧に遺言として女二の宮の後事を託す。柏木なきあと、落葉の宮と称される女二の宮の世話をするために法事の世話などの用事にかけつけて落葉の宮をあう。そこで、恋心がつのった夕霧は、落葉の宮との結婚を願うようになる。夕霧と会う落葉の宮を心配する母の一条御息所は、心配のあまり夕霧に手紙を送る。だが、その手紙は夕霧の正室・雲井雁の発覚によって夕霧に渡ることはなかった。娘・落葉の宮の出家の希望を聞いた父・朱雀院(前朱雀天皇)は、一条宮の邸に連れ戻される。しかし、夕霧の希望により落葉の宮との対面の機会が生まれ、二人は婚儀を行なう。源氏の君と紫の上はこれも運命と考え忠告するのを控える。夕霧と結婚した落葉の宮は、その後、多くのこどもを授かり幸福な時を過ごす。


自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)

自筆上部の「人非木石皆有情」人木石に非ざれば皆情あり「人は木や石ではない、心と言うものを持っている」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。夕霧の巻の一節「岩木よりけになびきがたきは、契りとうてにくしなど思うやうあなるを」の一文による。夕霧の巻の原詩は「木石」であり、夕霧の巻は「岩木」であるが、古来「白氏文集」に由来されているとされる。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)

大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載

《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
「夕霧」の巻は英文で「Evening Mist」と表記されます。
《原本上部に「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)漢詩の落款が押捺。夕霧の原文に引用されている。》

「額縁入自筆原本」
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)

「自筆原本」
自筆右下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。

自筆上部の「人は木や石ではない、心と言うものを持っている」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。

《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。》

自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)


自筆が「古切」とされたのは江戸時代。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載

(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。


《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
《原本上部に「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)「白氏文集」の漢詩の落款が押捺・夕霧の原文に引用されている。》

《かうやう》・・・・なる事(こと)、おかしうおほゆらん」なと、
物こりしぬへうおほえ給ふ。明けぬれは、「人の見聞かむも、
わか(若)々しきを。「かきり」とのたまひ果ては、さて心みん。
かしこなる人々も、らうたけに、戀ひ聞ゆめりしを。「えり殘し給へる、
やうあらむ」とは見なから、思ひ捨てかたきを。ともかくも、
もてなし侍りなむ」と、おとし聞え給へは、すかすかしき御心にて、
「この君とちをさへや、知らぬところに、率て渡したまはん」と、
危し。姫君を、「いさ、給へかし。見たてまつりに、かく參り來ることも、
はしたなけれは、つね(常)にもまゐりこ(來)し。
かしこにも、・・・・《人々のらうたきを》


(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。



(2)・自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。


《「源氏物語」夕霧(ゆうぎり)の巻》
《夕霧、月明かりの下で恋する女二の宮(落葉の宮・朱雀天皇の皇女)とご対面》

《夕霧、恋しい女二の宮(朱雀天皇の皇女)からのお手紙の返事をお待ちになる》

《女二の宮(朱雀天皇の皇女)一条邸の部屋にこもる》

《夜明け方、夕霧、女二の宮と契りを交わす

《女二の宮(朱雀天皇の皇女)山吹襲や青鈍色の華麗な裳(も)をまとい美しく着飾る》

《雲居雁(夕霧の正室)、父の邸に里帰りをする、夕霧、迎えに訪れる》

《大将(夕霧)は無理にお帰りなさいともおっしゃらず、その夜は一人でお寝(やす)みになった。
どうしてかこのところどこへ行ってもおさまりのつかぬ中途半端なことばかりよと思い思い、
お子たちをそばにお寝かせになって、あちらでは宮(女二の宮・一条宮)がまたどんなに
思い悩んでいらっしゃることかと、そのご様子をお思いやり申して、気苦労に心も休まらないので、
いったいどんな人がこうした》・・・・・・恋路に興をおぼえるのだろうなどと、大将(夕霧)は、
こんなことには懲(こ)り懲(ご)りといったお気持にならずにはいらっしゃれない。
 夜が明けたので、
(夕霧)「人々の手前も大人げないことですから、どうしてもこれきりのご縁だとおっしゃるのなら、
わたしのほうもそのつもりになってみましょう。
あちらの邸(やしき)に残っている子供たちもいじらしそうにあなたをお慕い申しているようだから、
選(よ)り残していかれたのには何かわけがあるのだろうとは思いますが、
わたしは見捨てる気にはなりませんから、とにかくなんとか世話をすることにしましょう」
とおどすように申しあげなさると、女君(夕霧の正室・雲居雁)は、大将(夕霧)が
思いきりのよいご気性とて、このお子たちをまで知らぬ所へお連れになりはせぬかとご心配になる。
大将(夕霧)は姫君にむかって、
(夕霧)「さあこちらへいらっしゃい。
わたしがお会いするためにこうしてこちらへまいるのもみっともないから、いつもはまいられまい。
あちらの邸にもかわいらしい人たちが・・・・・《いるのだから、せめて同じ所でお世話をしてあげよう」
とおっしゃる》

備考・女一の宮(今上天皇の皇女)の母は明石女御。紫の上は女一の宮(今上天皇の皇女)を養育している。

備考1・備考・宮(朱雀天皇の皇女・女二の宮)からのお手紙(実際には母君の代筆)を、雲居雁(夕霧の正室)に奪われた夕霧が理由をつけて取り戻そうとする。

備考2・落葉の宮は、朱雀帝と一条御息所の皇女で、柏木の正室。柏木は生前、友人の夕霧に落葉の宮の行く末を遺言として託していた。

現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)

備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。




(2)・自筆の「英訳文」は次の通りです。


《Evening Mist (夕霧)》


英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward e Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)


What man in his right mind could think these affairs interesting or amusing?
He had had enough of them.
At dawn he sent over another indignant message.
"Everything people see and hear must strike them as infantile.
If you wish this to be the end, well, let us have a try at it and see how it suits us.
Though I am sure that the children at Sanjo are very touching as
they ask where we may be, I am sure too that you
had your reasons for bringing some with you and leaving others behind.
I do not find it possible to play favorites myself.
I shall go on doing everything I can for all of them."
Always quick with her judgments, she saw in the
message a threat to take the girls away and hide them from her.
"Come with me," he said to one of them, a very pretty little thing. "
It will not be easy for me to visit you here, and I must think of your brothers too.

(2)・自筆の「中国語訳」は次の通りです。


《夕霧》
推想落叶公主此亦必十分恨他,心情不安,于堪忍。
他想:“世怎竟会有人把恋当作流韵事?”
便此事深可戒。天明之后,他又叫人向云居雁言:
“只管像小孩一胡,教人听了可笑。既情已,
我也就作如是想。只是留在那的几个孩子,正在可怜地想念。
不取那几个孩子,想必是有用意的。但我舍不得他,要法安排。”
他用威。云居雁心念夕是个决决断断的人,
不定会把几个孩子到陌陌生生的一条院去,
便担心起来。夕霧又:


中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)


「夕霧の巻」原本の末尾(原本番号73-A)の印は、仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室・伊達貞子の押印
中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」夕霧の巻の末尾(原本番号73-A)の押印。
左端の2つの印が仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。冬姫は内大臣・通誠の養女。
冬姫は通称。正式な名は伊達貞子。左端の写真は「夕霧の巻」末尾の拡大写真。
左上は、「人非木石皆有情」の印。左下は仙台藩の家紋印
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。)


自筆の疎明資料等は、下記の通りです。


(Ⅰ)・上の写真右端は、高松宮「源氏物語」のうち「桐壺」の巻冒頭・(出典資料 別冊「太陽」「源氏物語絵巻五十四帖」(平凡社・刊)78頁。筆者は近衛関白政家公。中央の写真は、応永五年(1398)の年号。年号の左の印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)。左の写真は、桐壺の巻の奥付。左大臣から関白に昇進した近衛基熙(もとひろ)公の花押。上下2段の花押のうち、上の印は。■明治20年東京共隆社發兌版の完璧精緻寫本。。【中古】 東京大学 写真集 (1960年)。【中古】 積分・測度・導函数 (1968年) (数学選書)。【中古】 二宮尊徳の人間学的研究 (1965年)。校正方輿 全十五巻 桂里有持先生口授 嘉永六年跋刋。【中古】 日本の郷土玩具 (1962年)。【中古】 近代イギリス経済史研究 国内市場の研究 (1963年)。【中古】 春日大社・興福寺 (1961年) (近畿日本叢書 第6冊 )。小色紙 与謝野晶子。【中古】 風雪新劇志 わが半生の記 (1959年)。【中古】 アルジェリア解放戦争 FLN (国民解放戦線) の七年半 (1962年) (青木新書)。【中古】 空手道新教程 (1965年)。【中古】 地代論研究 (1962年)。【中古】 にっぽん釜ケ崎診療所 (1966年)。【中古】 自己実現の経営 経営の心理的側面 (1967年)。【中古】 日本刀 本質美にもとづく研究 (1964年)。曲亭馬琴著 歌川豊広画『朝夷巡嶋記 第四編』(3冊)文政4年 河内屋太助他刊 江戸時代和本 読本 朝夷巡島記全伝。【中古】 指揮の技法 (1966年)。【中古】 茶碗 第2巻 朝鮮 (1965年)。『木々高太郎詩集 渋面』昭和42年 金剛出版刊 著者直筆献呈署名入(大佛次郎宛)。【中古】 金魚の飼い方ふやし方 (1958年) (金園選書)。【中古】 生態系としての地球 バイオスフィア (1975年)。【戦前・大正5年版】嘉永元年発行『甲冑着用図(完1冊+付録上下2冊)』3冊揃い●甲冑著用圖●松岡明義●木版彩色 文壽萬次郎/山崎安太郎。【中古】 トロツキズム (1968年) (新日本新書)。フリードリヒ・フォン・シラー原著 葦田束雄『字血句涙 回天之弦声』(全2冊揃)明治20年鎗田政治郎刊 明治時代和本 ドイツ文学翻案書。【中古】 コーラン 下 (1964年) (岩波文庫)。昭和12年 法隆寺の建築 1937年 図版 写真 検索:聖徳宗 総本山 五重塔 大宝蔵院 釈迦如来 木造建築群 伽藍 金堂 中門 白黒 壁画 絹本絵 佛像。太平記新釈  石田吉貞 著  大同館書店 大正15年 裸本。【中古】 多体問題 (1971年) (現代科学選書)。J23010620〇新板塵劫記 上中下巻 3巻合本 吉田光由編 江戸前期 継子だて ねずみ算〇和本古書古文書。筑波征伐元治太平記 水戸天狗党 武田耕雲斎。仏教語大辞典 上下+別館・索引 3冊 中村元 著 出版社 東京書籍株式会社 昭和五十年第一版発行 古書 古文書 和書 古本 骨董 古美術。古文書 金剛童子法 仏教 密教 江戸時代 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗空海親鸞法然神道 不動明王 古書和書古本写本 NR。【中古】 人づくり国づくり (1965年)。f23122905〇佳人之奇遇 1~10巻 10冊 東海散士 柴四郎 博文堂 明治24年 会津の遺臣である東海散士佳人之奇遇〇和本古書古文書。【中古】 安房酪農百年史 (1961年)。【中古】 宇野経済学の基本問題 (1971年)。【中古】 医学と生命 (1967年) (UP選書)。【中古】 古代文化の光 ユダヤ教とクリスト教の考古学的背景 (1961年)。【中古】 信念 幸福な生活を生む力 (1965年)。【中古】 統計学要論 (1964年)。【中古】 稽古場のスタニスラフスキー (1953年)。【中古】 実存哲学と教育学 (1966年) (実存主義叢書 14 )。『庭訓往来註』(全2巻2冊揃)江戸時代和本。【中古】 気候と文明 (1938年) (岩波文庫)。完品 関野準一郎 木版画4枚入『絵入小説 天目山荘』限定160部 昭和30年 私家版。【中古】 明治日本の思い出 日本スキーの父の手記 (1970年)。【中古】 原色木材大図鑑 (1962年)。【中古】 新しい児童観 (1961年) (世界教育学選集 第20 )。直江徳太郎『春山画譜』(全3冊揃)明治15年近藤清太郎刊 明治時代和本 木版画譜 絵手本。浅田一鳥・豊竹応律他作『前九年奥州合戦』宝暦7年 鱗形屋孫兵衛・八文字屋八左衛門刊 江戸時代和本 浄瑠璃本。【中古】 石器時代の日本 (1960年)。日本書道名家 揃い 和本 古書 古文書 書道 印 落款 書道家。【中古】 わかりやすい最新時計学 (1968年)。【中古】 難病全快の話 (1963年)。【中古】 抜け荷 鎖国時代の密貿易 (1965年) (日経新書)。【中古】 観世流謡曲百番集 (1950年)。『雄躍すべき大正乙卯の米界』藤井商店米穀部編纂 大正四年(1915) 第一次世界大戦 米騒動 藤井忠兵衛商店【24-0412-8】。【中古】 牧野植物図集 精選 (1969年)。宮島大八編 滄浪森茂(森滄浪)著『滄浪集』昭和10年 井坂秀雄刊 上海東亞同文書院や満洲鉄道につとめた漢詩人の漢詩文集 和装活字本 和本。古文書 太政官日誌 明治紀元戌辰年 第百二~百十 9巻まとめて。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 小笠原 小笠掛之書 古文書。【中古】 圧延設備の理論と実際 (1960年)。【中古】 アイゼンハワー回顧録 第1 (1965年) (現代史戦後篇 第28 )。【中古】 茶陶唐津 (1963年) (リビングライブラリー)。【中古】 集合と位相空間 (1972年) (共立数学講座 8 )。【中古】 中国の八大小説 中国近世小説の世界 (1965年)。【中古】 新しい姓名判断 (1967年)。岐阜県図 全9舗(仮題) 製作者等不明。【中古】 恐怖・戦争・爆弾 原子力の軍事的・政治的意義 (1951年)。【中古】 機械工学便覧 (1960年)。【中古】 私のヒューマニズム (1964年) (講談社現代新書)。【中古】 樹木大図説 第1-2 (1959年)。【中古】 勧進帳 付・上演台本 (1965年) (角川新書)。【中古】 変分法 (1970年)。絵図面古文書●宝永2年(1705) 城郭図 縄張り 240504。【中古】 貸借対照表法の論理 (1944年)。【中古】 ジャーナリスト入門 (1966年) (実日新書)。【中古】 ゴルフを読む (1968年)。【中古】 山陽新聞八十五年史 (1964年)。【中古】 行列と幾何学 図解線形代数 (1976年)。【中古】 大槻十三 (1967年)。【中古】 ニミッツの太平洋海戦史 (1962年)。【中古】 み言に立つ教会 ルター神学の中心課題 (1961年)。【中古】 讃美歌研究 歴史 代表作 注解 (1962年)。【中古】 ヨガによる病気の治し方 (1965年)。改正 衆方規矩備考大成 全十巻  千村真之(千村拙庵 )著。【中古】 日鮮神話伝説の研究 (1943年)。【中古】 若きウェルテルの悩み (1965年) (旺文社文庫)。嘯古堂遺稿 信濃/須坂藩士/北村方義著。【中古】 戦争論 (1966年)。【中古】 植物誌 (1966年)。【中古】 戦後労働経済史 資料篇 (1966年)。『読切講釈伊賀越乗掛合羽』安永6年鱗形屋孫兵衛他刊 江戸時代和本 浄瑠璃正本(丸本)七行本。【中古】 第五福龍丸事件 (1976年)。軍事資料 兵営図 絵図★「歩兵第三十連隊略図」明治34年11月発行 所在地 新津 - 村松 - 高田。【模写】 西郷隆盛 三雲屋満木宛書状 文中に都城とあり 封筒付 吉之助 西南戦争。【中古】 明治大正炭坑絵巻 (1963年)。レZ632イ★尺木堂綱鑑易知録 全92巻48冊 + 明鑑易知録 全15巻7冊 揃 和本/漢籍/唐本。【中古】 自民党 (1968年) (日本を動かす組織・シリーズ)。【中古】 マルクス経済学講義 (1972年) (青林講義シリーズ)。【中古】 試験にでる英語 出題者はどんな盲点をつくか (1965年) (青春新書)。【中古】 息子よ未来は美しい (1961年) (新しい人間双書)。【中古】 上方落語考 (1965年)。【中古】 磁性 1 (1972年) (物性物理学シリーズ 2 )。古文書 掛装「陸奥白川御城主鑑」肉筆 福島県白河市 歴代城主 太田行隆~松平基知 (資料 和本。【中古】 機構設計データブック (1967年)。【中古】 体育のテストと測定 (1961年) (新体育学講座 第15巻 大石三四郎編 )。【中古】 北村西望作品集 (1966年)。【中古】 広告のバックボーン (1967年)。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管  小笠原大膳太夫長時 右近太夫 着物  古文書。【中古】 野球の父安部磯雄先生 (1965年)。【中古】 寺子屋 庶民教育機関 (1960年) (日本歴史新書)。【中古】 論理実証主義とマルクス主義 (1961年)。【中古】 美作の民俗 (1963年)。【中古】 歌垣の民俗学的研究 (1967年)。岳飛撰『岳忠武王集 全』文久3年 和泉屋金右衛門刊 江戸時代和本 中国南宋の武将・岳飛の漢文集 漢籍唐本和刻本。【中古】 東北民謡集 (1956年)。【中古】 価値意識の理論 欲望と道徳の社会学 (1966年)。【中古】 佐藤番日記 (1968年)。戦前資料 欧州戦争と各国の臨時措置 第1輯 昭和14年 大阪商工会議所 BD03。【中古】 矢野道也伝記並論文集 (1956年)。【中古】 神奈川県の現存植生 (1972年)。【中古】 体格と性格 体質の問題および気質の学説によせる研究 (1960年)。徳礼賢『中国天主教伝教史』中華民国23年 商務印書館刊(中国・上海)イエズス会宣教師資料 キリスト教 カトリック。【中古】 図巻雑兵物語 (1967年)。【中古】 住宅建築 (1964年) (紀伊国屋新書)。歌舞伎音曲 芸娼妓事情 通人必携 全 漫著:花笠文京 明治17年 繪入自由出版社★Hi.43。【中古】 少数例のまとめ方 第2 (1964年) (現代応用数学双書)。【中古】 ドイツ語のこころ ことばと生活 (1965年) (至誠堂新書)。【中古】 社会的人間論 (1952年) (創元文庫 E 第5 )。【中古】 マクルーハンとの対話 日本文化とマクルーハニズム (1968年)。【中古】 日本貨幣流通史 (1969年)。【中古】 実習フランス文典 (1966年)。【中古】 帝国憲法逐条講義 (1935年)。【中古】 寡占価格への計量的接近 (1974年) (実証経済学選書)。C1/桃垣葉 上下 和綴本。【中古】 三十六人家集 (1964年)。松井輝星(松井羅洲)『它山石初編』(全四巻四冊揃)弘化2年 銭屋惣四郎他刊 江戸時代和本 易学者による随筆集。【中古】 朝日新聞の内幕 (1966年)。【中古】 電磁気学 1 (1972年) (現代基礎物理学選書)。【中古】 パワーアンプの設計と製作 (1967年) (ラジオ技術全書)。【中古】 近江鳥ノ子 滋賀県無形文化財雁皮紙 (1971年)。蕪村筆 三十六歌仙。楳窓布席著 素封編『耳さらひ集』天保2年一具庵蔵版/金花堂須原屋佐助 江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳句 耳さらへ集。【中古】 わが友石頭計算機 (1973年)。生花古流百記 上下/ 和服裁縫全集 /  相馬日記  かなり古いもの全て 古書セット アンティーク。【中古】 子どもの劣等感 問題児の分析と教育 (1962年)。【中古】 日本野性動物記 (1968年)。小林善八(小林鶯里)『小説豊臣秀吉』昭和11年 大京堂書店刊 初版本。【中古】 社会科論史 (1963年)。B348・シンガポール中心に同胞活躍「南洋の50年」 1990年コピー版。【中古】 体育の基礎理論 (1962年)。【中古】 漢方の診かた治しかた (1966年)。【中古】 国語学原論 言語過程説の成立とその展開 (1948年)。【中古】 家事秘訣集 じょうずにサボる法・400 (1968年) (カッパ・ブックス)。【中古】 自然地理調査法 (1968年)。【中古】 グループ・アプローチ 集団力学と集団心理療法 の画期的業績・人間援助の心理学 (1973年)。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管  小笠原 古文書 書状。【中古】 世界兵器図鑑 アメリカ編 拳銃・小銃・機関銃・その他の火器 (1973年)。【中古】 日本染織発達史 (1968年)。【中古】 新制鉄道工学 (1956年)。【中古】 十手捕縄の研究 (1964年)。舎利講式 鎌倉時代写 紙本墨書 約29.5×560cm 1巻 仏教 真言 古文書。【中古】 ザイラーのスキー (1965年)。【入手不可 幻の品 秘伝書 巻物 直筆 流派創設に!】『清風流 秘書』一巻 明治32年1899年 水野竹流齋清風 竹流齋不々 生花 華道 未生流。【中古】 乾燥装置 (1966年)。【中古】 日蓮正宗方便品寿量品講義 (1962年)。斗印存 小林斗作品集。『外務省蔵版 日本独逸條約書 全』明治2年刊 明治時代和本 日本-ドイツ外交史料。■『拍手喝采滑稽獨演説』痩々亭骨皮道人演説・和良井鋤太筆記。■墨蹟は小野道風も吃驚!。出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)、下の印は仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)


「自筆の画像断層(MRI)写真」

(出品した自筆の「断層画像写真」(夕霧の巻)MRI 39―69B
自筆下二つの印のうち下は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款


「源氏物語」「夕霧の巻」主人公・夕霧の資料

下記写真は、国宝「源氏物語絵巻」の中に描かれる夕霧。

病床の柏木を見舞う夕霧。左が柏木、右が夕霧。




「天皇の曽祖父・大炊御門宗氏の系図」「額縁裏面表記ラベル」
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」


1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
4番目の写真は、天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行



大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品
商品説明(来歴)大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。

漢詩文原本自筆上部に「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)の漢詩の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。源氏物語「夕霧」原本の17-Aの原本に記されております。紫式部が「夕霧」を書くに際し、「白氏文集」の漢詩を熟読したうえで「源氏物語」の「夕霧の巻」を書いていることがわかります。この原詩の言葉の引用は、「蜻蛉の巻」に用いられていることで広くしられている。紫式部がこの原詩に親しんでいたと推定されている。

漢詩の落款の意味原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、
「人非木石皆有情」(人木石に非ざれば皆情けあり)の漢詩文の落款が押捺されている。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。


自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。

断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。

寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。額縁は新品です。

「源氏物語」の自筆について1・筆跡の分析について
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。

2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。

3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。

4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。母は後水尾天皇皇女女二宮。実母は近衛家女房(瑤林院)。幼名は多治丸。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている

HP近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。

ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。


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